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【落花流水 私日記(99): 芸術の秋 】

2008/09/29 14:40
〈第九十九回〉 《 H20.9.23 -H20.9.29》  

 秋の訪れ

09/23
 賞味期限切れの薬
 
 家の中を片付ける。
 要らない服や小物など等・・・

 時々懐かしいものも出てくる。
 昔の切手帳や手帳。
 娘たちの残していったもの・・・

 そして、期限切れの薬。
 さて、薬の有効期限は果たしてどうなのか??

 液体の薬は成分が化学反応を起こしたりして変化するだろうからダメであろう。
 ところで・・軟膏類は???
 錠剤は・・??
 粉薬は・・・

 もっとも、あまり古いものは何となく気にかかるので捨てることにしたが・・・
 健康保険組合から支給された使わなくなった薬の何と多いことか。

 日本人ほど薬の好きな国民もないというけど・・。
 無駄な薬は喜ぶべきか勿体ないか・・
 気になる薬の廃棄である。


09/24
  ミラノ 霧の風景 
 
 須賀 敦子さん。
 随筆家・イタリア文学者で、10年ほど前に亡くなられた。

 迂闊にも私はこの人の本を読んだ事が無かった。
 随筆であった事も読む機会を逸した理由であろうか・・
 今回、初めて彼女の「ミラノ霧の風景」を読んだ。
 タイトルからして素敵だ。

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 パリ大学文学部比較文学科に留学、その後いったん帰国し次にローマのレジナムンディ大学で学び、31歳の時にミラノに転居。
 32歳でイタリア人と結婚したが6年後に夫と死別。

 イタリアから帰国してのち翻訳家として活躍していた著者が、処女作である『ミラノ霧の風景』を執筆したのは60歳を過ぎてからという女性だ。

 その間20年近い時間が経過しているのだが、この本に描写されている光景は昨日のことのように鮮やかである。
 そして、切ない文章で、霧の彼方の追憶が綴られている。
 言葉が端正で美しい。
 過不足の無い描写が活き活きとせまって素晴らしい。

 冒頭は「遠い霧の匂い」という短いエッセイで始まり、ご主人が亡くなった時、エニシダの花束を柩の上に置いていってくれた友人のアントニオもまた、遠い国の遠い時間の人になってしまったというところで終わる。
 あとがきは「いまは霧の向うの世界に行ってしまった友人たちに、この本を捧げる」と締めくくられている。

 ミラノで知り合った友人たちのこと、通り過ぎていく人々との出会いと別れ、若くして亡くなった夫への哀惜の言葉などを綴っていく。
 それは、言葉にならぬため息なのかもしれない。


 「ずーっと、肺の奥深くまで霧を吸い込むと、ミラノの匂いがする」 
という歌があるという。

 何という素敵なフレーズであろうか。
 それが、霧の元になっている煙のせいであっても。
 東京の人は、こんな表現をしないであろうから・・・


 『生活のデティールを描くことこそが美しさの本質で人生をつむぎだす一本の糸である』
 と、彼女は言う。
 多分、それは60歳と云う人生の秋に到達した者だけが表現し得るものなのであろう。


 彼女が翻訳したイタリアの詩人ウンベルト・サバの「ミラノ」という詩がある。

    石と霧のあいだで、ぼくは休日を愉しむ。
    大聖堂の広場に憩う。
    星のかわりに夜ごと、ことばに灯りがともる。
    人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものは、ない。


 彼女の本をもう少し読んでみたい。


09/25
  セブン・イレブンの正直さ 
 
 今週末に遠征ゴルフをすることになって、昨日ゴルフバッグを宅配で送った。
 往復便で送ったが店員が慣れない様子で多少手間取った。

 今日、その店の店長から電話が来た。
 バッグの配送代を間違えて多く取り過ぎたので返却したいとの事。

 私は、代金について特に気にはならなかったが往復だから高いのかなと思っていた程度だ。
 840円ほど返却したいので、家に届けにくるという。

 少し嬉しくなると同時に、日本にはまだこのような正直さが残っている事に安堵した。
 コンビニや本屋そしてスーパー・マーケットで万引きが横行していると聞く。

 ほんの少しの価格のものを盗む。
 生活に困っているのならともかく、現金を持っていても万引きする。
 その精神は色々であろう。
 コンビニの経営も大変だと聞く。

 その様な時代にあって、多く取り過ぎた料金を返却するという店長の責任感と正直さは嬉しい。
 正直者が莫迦を見ない社会の確立のために、精々この店を応援してやりたいものだ。
 


09/26
 目から鱗が落ちる
 
 名古屋へ出かける。
 少し時間があるので、徳川美術館へ向う。
 名古屋と徳川は切れないだろうから・・・

 美術館まで市内バスを使う。
 しばらく走っていて、驚いた。

 バス停が道路の中央分離帯の位置にある。
 ウン???
 バスの昇降口は左である。

 バスは停留所のところで右側のレーンに入る。
 道路上には色分けしてバスレーンが表示してある。
 なるほど〜〜〜〜
 こういう方式もあるのか・・・

 広い道路で流れをスムーズにする方法であろう。
 初めて見たバス停である。
 目から鱗が落ちる!!
 考え方の大きな転換だ。

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 美術館までは約20分。
 徳川美術館は、徳川家康の九男・徳川義直を祖とする尾張徳川家伝来の道具類を展示公開している。

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 日本の私立美術館は、実業家や大企業のコレクションを母体にしたものが多いのに対し、徳川美術館は旧藩主家伝来の道具類がまとまって遺されている点が特色であるとされる。

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 館内は江戸時代の歴史を示すものとして 婚礼調度類(徳川光友夫人千代姫所用) や初音蒔絵調度品や
胡蝶蒔絵調度などの他に 国宝の源氏物語絵巻(絵15面 詞28面 )があった。

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 そのほか、重要文化財の数々・・
 (垂迹画)石清水八幡宮縁起絵(伝大山崎離宮八幡利益縁起)
 (大和絵、絵巻) 西行物語絵巻
 刀剣類はもちろん多い。
 山城国の太刀や備前国・相模国の刀、短刀。
 陶磁器も黒織部茶碗(冬枯) や水指(青海)備前。 
 白天目茶碗 や唐物茶壷(松花)
 見た目はそれ程ではないが所謂天下人を虜にした一品である。

 辻が花染小袖や 紫地葵紋付葵葉文様辻が花染羽織・浅葱地葵紋散文様辻が花染小袖
 あるいは、刺繍阿弥陀三尊来迎図 。

 紫紙金字金光明最勝王経 巻第六
 法華経 懐良親王筆 
 法華経普門品(装飾経)
 藤原公経筆懐紙(詠花有歓色和歌)
 藤原定家自筆書状
 等など・・・

 だが、源氏物語は多少は読めるが全体的に読めない。
 変体仮名で書かれているためだ。
 学校教育で廃止された変体仮名を読めなくなってしまったのが現代日本人。
 便利さを取ってしまった近代日本のつけだ。
 もちろん、草書・行書で分かり難い部分もあるが・・・

 その、変体仮名は1900年の小学校令施行以後使用される機会が少なくなった平仮名である。
 元となった漢字(字母)が現在通常使用されている平仮名と異なるものと、元は同じ漢字だが崩し方が異なるものの2種類があり、また、ひとつの音を表す変体仮名が複数ある場合も多く、ひとつの文章のなかで同時に使用される場合もある。
 このことが、変体仮名を廃止したりゆうであろう。
 一方、奈良時代に書かれた『金光明最勝王経』は美しい楷書である。
 こちらの方は今も充分通用する。

 楷書は歴史を通じて通用する文字であることがつくづく分かる。


 刺繍 阿弥陀三尊来迎図

 本紙・表装とも刺繍で表した阿弥陀三尊来迎図である。中央には阿弥陀三尊の来迎と『大無量寿経』の偈を、上段には二十五菩薩の種子、下段には蓮池をはさんで、不動明王と毘沙門天の立像、さらに左右端中央には釈迦と薬師の種子を美しい蓮華唐草の中に配する。中尊阿弥陀の光背は、色のぼかしや線の躍動感を、高度な刺繍の技法を駆使して仕上げる。天台宗系浄土教の融通念仏信仰を背景に生み出された作品と考えられる。  【重要文化財 鎌倉時代 14世紀】

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 法華経普門品

 観世音菩薩の功徳の力を讃嘆した経典。見返絵には、観音の力によって災難からのがれうるという譬のうち、水難の情景が描かれている。大嵐の海で難破する船、海上を漂う荷物、溺れた人を襲う怪魚、観音を念じて辛うじて岸にたどり着いた人々と、観音の加護により、無事航海を終えようとするありさまとが、対照的に描かれている。    【重要文化財 平安時代 12世紀】

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 紫紙 金字 金光 明最勝王経 巻第六(しし きんじ こんこう みょうさいしょうおうきょう)

 『金光明最勝王経』は、『法華経』『仁王経』とともに国家を鎮護する経典、護国三部経の一つとして、奈良時代から重んじられた。この写経は天平13年(741)聖武天皇の発願によって諸国に建立された国分寺・国分尼寺の塔中に納入されたものの一部であると考えられている。
 あざやかな紫色に染められた紙に、繊細な金界罫を引き、端正な楷書で書写された奈良時代を代表する装飾経である。   【重要文化財 奈良時代 8世紀】

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 館内に設えられた内庭も素晴らしい。

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 少し疲れた。早めに切り上げる。
 帰りに美術館の周りに咲いていた彼岸花が秋を思わせる。

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 午後、目的地に向う。

 夜は、懇親会。
 古い馴染みの顔が集まった。

 話が弾む!!
 健康のこと・・・
 仕事の失敗話。
 どこにもあるような他愛もない話が面白い。

 明日はゴルフだ。
 早めに引き揚げる。


09/27
 桑名へ・・ 
 この季節には珍しく、急に気温が下ってきた。
 しかし、無風状態で快晴。
 ゴルフ場までの道も快適である。

 プレーも久しぶりだったが、ほぼ好調に終わる事が出来た。
 遠征でのゴルフで、スコアが纏まると嬉しい。

 一日が幸せに終われる。


 夜のニュースで俳優のポール・ニューマンの死を知る。
 米CNNは 「 Remembering“Blue eyes”(“青い瞳”を忘れない)」 と報じた。
 「明日に向って撃て!」や「スティング」が記憶に残る。
 「ハスラー2」でアカデミー主演男優賞を受賞。

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 彼のたたずまい、美しさ、肉体の雄弁さ、そして感情豊かで複雑な演技。
 素晴らしい俳優であり素晴らしく、偉大な人でもあった。
 慈善活動にも熱心だったニューマンが主催していたチャリティー基金に参加していたジュリア・ロバーツも「彼は私のヒーローだった」と話した。

 また一人名優が消えていった。




09/28
 美術館めぐり
 
 日曜日。
 久しぶりに名古屋でゆっくりと時間が取れそうなので美術館めぐりをすることにした。

 最初は名古屋市美術館。
 白川公園内にある。
 この辺りは途中の道端にも美術品がさりげなく置いてある。

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             【山中真輔 : 宙へ】

 美術館へのアプローチもよくできている。

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             【公園内の親水路】

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             【噴水とオブジェ】

 科学博物館の脇を過ぎると近代的な建物が目に入る。

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 前庭にはアレクサンダー・コールダーのオブジェが置いてある。

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 館内に入り、常設展に入ってすぐ左側にアンゼルム・キーファーの シベリアの王女 があった。
 錆びた鉄と使い古されたバレエシューズを巧みに配置し、油絵の具を使って制作した作品。
 だだっ広い空の下に灰色の線路が遠くまで続いていて、ロシアの暗い空気伝わってくるようだ。
 絵画といっても、いろいろな素材を融合した大きな作品で素晴らしい。



 そして、あの岡本太郎の 明日への神話 の下絵があった。
 岡本太郎の最高傑作であり、岡本絵画で最大の作品といわれるもの。
 
 メキシコ人実業家の依頼を受け、1968年〜69年に制作したが、完成後、人目に触れぬまま行方不明となっていたものを故・岡本稔子が2003年9月に発見。
 損傷を受けていたものを、再生するプロジェクトがスタートしたのは有名な話だ。

 2006年6月3日修復作業が完了し、2006年7月8日東京汐留で世界初となる一般公開が行われたものだ。
 その下絵がこの美術館にあった。
 調べたら、『明日の神話』の下絵は、岡本太郎記念館蔵、川崎市岡本太郎美術館蔵、富山県立近代美術館蔵、名古屋市美術館蔵の4点だとされたが、2006年秋に、岡本太郎記念館のアトリエにて『明日の神話』の第一号の下絵が発見され5点ある事になる。

 名古屋市美術館の下絵だが、下絵と言ってもかなり大きいし、しっかり絵の具ものった完成品に近いものである。
後ろのイスに座って眺めると絵全体が視界におさまる大きさである。
 中央の骸骨がこの絵を象徴している。

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              【再生された 明日の神話】


 エコールド・パリと称された展示室には

 モディリアーニ(MODIGLIANI,Amedeo)の おさげ髪の少女   。
 半開きの口は何かを言いたそうな哀しみを含んだような・・・。
 彼独特の、色や雰囲気がでている。

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 そして、三岸節子の 雷が来る  
 愛知の出身だそうだ。
 大胆な構図と色使いは素晴らしい。
 70歳を過ぎてから描いたとは思えないほどダイナミック。

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 次のお目当ての為に早めに切り上げ、 名古屋ボストン美術館 へ向う。
 少し遠い。
 地下鉄矢場町までの歩きが・・・

 金山駅前に出ると目の前だ。

 この、名古屋ボストン美術館はアメリカのボストン美術館の姉妹館である。
 名古屋ボストン美術館自身は資料の収集・保有はせず、展示資料はすべてボストン美術館から借り受けるシステムとなっているようだ。
 1999年(平成11年)の開館であるが経営状況が悪いと聞く。

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 さて、今日はクロード・モネの世界展の最終日であった。
 ラッキーである。

 印象派を代表する画家として日本でも人気が高い。
 最終日とあって入場者も多い。

 代表作の《睡蓮》や《ルーアン大聖堂》。

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 それに、ブーダン、ルノワール、シスレー、ピサロ等の絵も展示してあった。

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 解説のビデオや説明も鑑賞の手助けになる。

 光の表現に苦労したモネ。
 生涯をかけた彼の作品は穏やかだ。

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 http://www.nagoya-boston.or.jp/data/a01_01.html

 外にある彫刻には誰も気に留めない。

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09/29
 秋の訪れ
 
 急激に気温が下ってきた。
 台風15号の日本接近と前線の影響で9月末には珍しく最高気温が17度の予想。
 すっかり秋の気配だ。

 そういえば、我が家で飼っていたスズムシが死んでいた。
 先週の金曜日に家を出るまでは、かろうじて生きていたが・・・

 スズムシはこおろぎと違って、鳴き出すのは8月の初旬。
 今年はずいぶんと夏の夜長を楽しませてくれた。

 それが、9月の中旬から1匹死に・・2匹死に・・・。
 とうとう全部が死んでしまった。

 今は草むらのコオロギが煩く鳴いているが・・・

 スズムシのメスは卵を産み付けているだろうか?
 来年が気になるところである。


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【落花流水 私日記(92): 再発見 】 

2008/08/04 14:50
〈第九十二回>《 H20.7.23-H20.8.04》  

 希望そのものは人間の生命である


07/23
 納税振込み

 先日通知の来ていた、住民税と介護保険料の銀行口座振替の手続きに行く。
 これからは、自分の口座から税金が徴収されていくのだ。

 こうして、自分の預金口座から徴収されると確かに税金は高いと思うことがある。
 後期高齢者の保険料を年金から天引きする法案が話題となったのは記憶に新しい。

 天引きは便利であるが、一方的に取られる被害者意識がでてくる。
 ことに、少ない年金であればなおさらだ。

 税金は有効に使われることに意義がある。
 無駄なハコモノを金銭感覚なしに無意味に(彼らは意味ありと云うが・・)作ってきたツケが後世に重くのしかかる。

 無責任な行政が借金を作っていく。
 天文学的な数字になった日本の借金を真面目に考えなければいけない。

 石油価格高騰に端を発した漁業組合のストに政府は補助金を出した。
 駄々をこねた方が得だということか?

 ここに政治の無策がある。
 一時の混乱に慌てるべきではない。

 かくしてまた税金が消えていく。


07/24
 またまた地震

 真夜中に地震の気配。

 ゆっくりと確実に揺れている。
 これは遠いところでの地震に違いない。

 安心して眠りにつくが・・・

 朝起きてテレビを見ると青森や岩手の方での地震だ。
 被災者には気の毒と思う。



07/25
  希望そのものは人間の生命である 

 これは、早稲田大学(旧 東京専門学校)の創立者である大隈重信の言葉である。
 明治42年の校友大会での講演で彼は次のように言う。

  人間は希望によって生活している。
  希望そのものは人間の生命である。


 確かに人には希望が必要だ。
 希望を失うと人は生きる力を失う。
 だが、それは夢ではない。

 その希望は人の前頭葉から生まれる。
 希望とは明日を信じる事である。
 明日がまた来ると信じる気持ちは前頭葉から出てくるのだから・・・

 若い人が自暴自棄になって事件を起こす。
 明日を見失っているからだ。

 前頭葉を鍛えてこなかったツケである。
 小さい頃の 育ち方に問題がある。

 我慢をする!!
 努力をする!!

 それによって脳は発達する。
 そして、脳が鍛えられる。

 小さい子供に、もっと、もっと 愛情を注いで我慢をさせよう。
 それが、明日の日本を作る基だと思う。


07/26
 見回して 長き黒衣を被るまま アラブの をみな 湖に濡れゆく

  『ユーラシア短歌紀行』と題する田中成彦さんの歌集に、この歌はある。

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 京都市の世界史教師を務める田中成彦さんが約20年にわたってユーラシア大陸の国々を訪ねた時に歌った短歌に紀行文と写真がついている。
 ここに掲載された歌は、単なる旅行で詠んだ短歌だけはなく、その国々の歴史・文化伝えているといえる。

 ヨルダンに入った作者はまず死海に向かう。
 塩分濃度が強く魚も棲まない海だ。
 その岸辺に立ち湖を眺めると黒衣をまとった女性が死海につかる。
 やがて水から上がり、何事もなかったようにまた炎暑の中を歩きだしたのだという。
 なんとも不思議な情景である。

 見知らぬ異国の街。
 そこに歴史が宿る。

 クロアチアの街並みに残る銃撃の跡。
 スロヴェニアの魚市場やモンテネグロの港町コトル。
 ポルトガルのファドの名曲「暗いはしけ」の舞台となったナザレ海岸。

 歴史に翻弄された国々の民。
 それが心を痛める。

                       吻土短歌社(0771・24・0539)


07/27
 暑い!!






07/28
 
 車の年次点検に出すためにディーラーにいく。
 最近の乗用車は普通に乗る分には故障は殆どない。
 しかし、法定点検は時間で管理される。

 業務用車両の事故が相次ぐ。
 曰く、点検不良!!

 年間に数10万キロも走行するのにタイヤの点検をしていないで事故を起こす。
 車軸のボルトが折損する。
 走行キロ数で法定点検するべきであろう。

 運転手は連日休息時間も無しに運転を続ける。
 睡眠不足で事故を起こす。
 事故の影響は多大だ。
 しかしながら雇用主の責任はそれほど問われない。

 法律や社会のシステムはどこかがおかしい。
 それは、現実を捉えた、法やシステムのメンテナンスをしないからだ。
 何事もメンテナンスは大事な事である。

 機械も然り、社会システムも同じだ。
 ローマ帝国があれだけの長い歴史を保てたのは社会システムのメンテナンスをしてきたからだ。

 私の車は何の異常もない。



07/29
 八幡製鉄所の火災

 テレビをつけると、朝のニュースで新日鉄八幡製鉄所の火災を伝えている。
 コークス工場・第5コークス炉で、ベルトコンベヤーから出火。
 コンベヤーに並行する可燃性ガスの配管が複数個所で損傷して中のガスが燃えており、ガスがなくなって鎮火するまで待つしかないと伝えている。

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 工場の火災は恐ろしい。
 電気の供給源も大きい。
 ガスや可燃物の量も大きいからだ。

 私の脳裏に11年前の火災事故が蘇える。

 あれも同じく7月のことだった。
 地下の電気室からの出火で設備の大半が焼失した。

 現場を預かっていた私(当時副支店長)は、もう一人の副支店長と2交代で陣頭指揮に当たった。
 真夏の現場は暑さで作業員も疲労がひどい。

 飲み物や食べ物などの準備。
 もちろん配線材料の手配も人の手配も必要だ。

 最初は消失した設備や配線類の撤去だ。
 だが、焼け焦げた銅線の塊の撤去は困難を極めた。
 暗渠の中は人が大勢は入れない。
 どうするか・・??

 その後は配線工事である。
 正確な図面がない。
 手探りの配線工事。

 使った電線の総延長は約500km。
 新設工事と違う工事の難しさ!!
 多くの作業員の力を総動員する。

 配電盤の面数は50面以上の取替え。
 メーカーは夏休みで製作が間に合わない。
 休みを返上してもらっての製作。

 そして、配線チェックの困難さ!
 多くの人々の献身的な努力によって復旧工事が進む。

 丸1ヶ月の復旧工事が終わって、工場が再稼動したときの感激は忘れられない。

 火災事故は工場の根幹を危うくする。
 過去にもいくつもの事例がある。
 ブリジストンの火災。
 石油製油所の火災・・・

 日本の製造現場を支える工場の火災を防がなければいけない。



07/30
  夏の夜のプラネタリウム 

 夏休みになった。
 小学3年の孫と千葉にある「きぼーる」のプラネタリウムへ行く。

 お目当てのプラネタリウムは世界最多1000万個の星を投影できるという、プラネタリウムだ。
 最新の技術で、従来のプラネタリウムでは映せなかった天の川の暗黒星雲のような暗い星も見ることが出来る。
 直径23メートルで、座席数は200もある。

 10:00 からの 「星の光は時のトビラ」 を見た。
 施設屋上からの千葉市街の写真が投影され、時刻がだんだん進んで夜の空になるさまが映し出される。

 一番星の木星から始まり・・・夏の夜空を飾る大三角形の星の話や最後は宇宙の話まで・・・
 天体ファンには堪えられない。
 もっとも・・・小学低学年には少し難しいが・・・

 時間帯を変えると、 「銀河鉄道の夜」 も見る事が出来る。
 楽しい設備だ。


 ところで、プラネタリウムといえば大平貴之氏を忘れる事は出来ない。
 世界的なプラネタリウムクリエイターで、有限会社大平技研代表取締役。

 彼は小学校の頃からプラネタリウム作りを始め、日本大学生産工学部機械工学科在学中の1991年にアマチュアとしては前代未聞であるレンズ投影式プラネタリウム「アストロライナー」を完成。

 卒業後ソニーに就職するが、プラネタリウム製作にかける情熱は冷めることがなく、1998年に、当時世界最高の170万個の恒星を投影することが可能な移動式プラネタリウム「メガスター」を個人で完成させた。

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 2003年にソニーを退社。2005年3月にはベンチャー企業である有限会社大平技研を設立。
セガトイズと共同で、家庭用プラネタリウム「ホームスター」を開発している。

 まさに、男のロマンを追及した人だ。
 敬服に値する。

 メガスターHP
 http://www.megastar-net.com/




07/31
 移動日





08/01
  大塚国際美術館 

 JR鳴門駅は終着駅である。
 海に近いこの場所なのに、駅は港まで続いてはいない。
 不思議である。
 なぜ海岸まで線路は続いていないのか・・??

 駅の周辺を歩いてみる。
 周りは、寂れている。
 商店街も地方都市にありがちな閑散とした様子でシャッターの降りた店も多い。
 しかし、何故か小さなビジネスホテルが多い。

 聞くと、ここにはいくつかの製薬関係の会社があるから・・という。
 そう!!
 ここは大塚製薬の発祥の地だ。

 そして、あの大塚国際美術館がある。
 世界的にも珍しい、陶板による名画の複製を主にした美術館だ。

 大塚製薬グループが創立75周年記念事業として徳島県鳴門市に設立した。
 館内には、厳選された古代壁画から、現代絵画までの1,000余点の名画が特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製されて展示されている。

 (詳細は 先に書いたブログ参照のこと)


 この美術館ではボランティアの女性が約2時間の館内案内をしてくれる。
 システィナ・ホールから始まる案内は、時間的な制約もあり、地下3階の環境展示と古代・中世、そして地下2階のルネサンス・バロックの説明であるが非常に参考になる。

幾つかの新知識

1.「システィーナ・ホール」の天井画の陶板は最初は厚さ10ミリだったが、研究開発の結果4ミリに出来るようになった。
  この結果、天井の曲面部分の陶板の製作が可能になった。

2.天井画のアーチの部分は石で作ったように見えるが、それも絵の一部である。


3.修復後の「最後の晩餐」であるが・・・
  修復は一人の女性によってなされた。
  修復は、過去に修復した絵の具の除去から始まった。
  これにより、最初の状態の絵が表れた。

  一日に切手一枚分しか修復できない日もあった。

 修復での新発見

 1)テーブルには魚料理が並んでいた。
 2)キリストの口が開いていることが分かった。

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 3)背景の左右の壁にある黒い部分には花模様のタペストリがかけられていることがわかった。



4.最期の晩餐の絵は時代によってキリストの位置が違う。
  初期の『最後の晩餐』はキリストは一番左に描かれている。

  更に、最期の晩餐の食べ物はパンではなく魚である。
  初代キリスト教会で、好んで使われた
  『Iesos Xristos Theos Uios Soter(イエス、油塗られた者、神、子、救い主)』
  という、ギリシャ語のイエスをたたえる祈りの頭文字を拾うと、Ixthus {イクテユス}となってく魚の意味になる。

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5.「ルイ14世の肖像」の額は実物と同じ。
  額だけで億単位の費用がかかっている。
  陶板は触っても、額には触ってはいけない。


 などなど・・・

 教わる事は非常に多かった。
 道案内人は必要だ。




08/02
 とんでん40年

 午前中の仕事が終わり、家内と外食に出かける。
 行き先は『とんでん』。

 この『とんでん』が営業40年とある。
 40年間、地方発の外食店が展開できている事はすごいことだと思う。

 昭和43年に和菓子の製造販売から始まったという。
 その後、昭和48年、大衆が手頃な価格で食べられなくなってきたお鮨を、"うまくて安くて腹いっぱい"食べられるようにと『とんでん鮨』をオープン。
 「豊かで楽しい生活の提供」の経営理念に、「大衆の中により深く豊かで楽しい生活の提供」を付け加えて今にいたると・・・。

 『とんでん』の発祥の地は北海道。
 『とんでん』の社名は北海道開拓の象徴的存在である屯田兵の屯田に由来しており、社章の星には「屯田魂=開拓者魂」の意味もこめられているという。
 社章には星が七つ並んでいて、「北斗七星」に見立てている。
 明治2年、北海道に開拓史が置かれたが、開拓史の旗章は「星」であった。
 星印は、北海道にとって開拓のシンボルなのだ。

 会社の歴史には思いが込められている。
 受け継ぐ人はその思いを大事にしなくてはいけないだろう。

 どこかで、いまも偽装や不正が行われている。




08/03
  月刊PLAYBOY休刊  
 
 集英社は、月刊誌「PLAYBOY日本版」の出版を11月発売予定の09年1月号を最後に終了するという。

 PLAYBOYの日本版は75年に創刊された。
 ウサギのロゴマークがお洒落な感じだった。
 少しエロっぽい記事と正統派の記事をない交ぜにした男性向け雑誌である。
 単なるエロ雑誌ではないところにセンスが光っていた。

 特集記事も良かった。
 JAZZ特集や世界の美女特集・・・・
 何冊か永久保存版として保管しているものもある。

 男とはかく有りたいと思うようなセンスの良さである。
 この種のセンスはもう必要とされないのだろうか?
 ことに、若い女性が直接的な言動を望み、ハイセンスな男を評価しなくなったのかもしれない。 結果的に『いい男』が少なくなってくる。

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 インターネットやフリーペーパーの台頭により、雑誌が売れなくなったという。
 活字離れとも言う。

 だが、休刊・廃刊になる雑誌が多い中、一方で創刊される雑誌も多い。
 その理由は何か?

 出版科学研究所によると、今年の1月から5月末までに廃刊・休刊された雑誌は、75誌。一方、創刊された雑誌は79誌という。
 なかでも近年の傾向としては、女性誌の創刊が多いことと、コミックやアダルト大衆誌が多いことである。

 次々に創刊される理由は、出版社が経営していく上で、売上を伸ばすために、目先の新しいモノを出すということだ。 それも、安直なもので誤魔化している。

 また、ファッション誌などが次々に創刊されるのは、売れなくても広告収入があれば成立するからで、むしろ広告だけもらって、1冊も刷らないほうが利益率は高いという雑誌もあるらしいから世の中間違っていると言わざるをえない。

 もっとも・・・なかなか売れない状況でも、新たに出さないことには何も始まらないともいえるのだろうか・・。

 それにしても、懐かしい雑誌が廃刊になるのは寂しい。









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鳴門を往く : 大塚国際美術館

2008/08/03 01:26
 大塚国際美術館 


 長いエスカレータが上りきったメインホールの正面に、システィーナ礼拝堂の『最後の審判』『天地創造』が実物大で再現されている。
 ミケランジェロの大作が、圧倒的な迫力で迫ってくる。
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 ここは、鳴門市にある、大塚国際美術館。

 「大塚国際美術館」は、大塚製薬グループが創立75周年記念事業として徳島県鳴門市に設立した日本最大の常設展示スペース(延床面積29,412平米)を有する「陶板名画美術館」だ。
 館内には、6名の選定委員によって厳選された古代壁画から、世界25ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画までの1,000余点の名画が特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製されて展示されている。

 この陶板名画は約2,000年以上にわたってそのままの色と姿で残ると言われ文化財の記録保存にも有効であるとされている。


  15年前にローマを訪問した。
  バチカンで見たあの光景が蘇る!!
  今、ここにその時のことが思い出される。
  ローマの偉大さとローマ帝国が生み出した数々の文化。

 その、数々のものを再現しようとしたコンセプトが素晴らしいし立派である。
 一企業がこれだけのものを作り出す力も単にメセナを超えている気がする。

 ちなみに、2004年5月9日にこのホールで女優の水野真紀さんと後藤田議員の披露宴が開催されたというが、大塚国際美術館は2人のために初めてこのホールで披露宴を開いたそうだ。
 真紀さんが出演した「白い巨塔」の主題歌「Amazing grace」が流れ心温まる内容だったそうである。

 
 さて、この美術館ではボランティアの女性が約2時間の館内案内をしてくれた。
 システィナ・ホールから始まる案内は、時間的な制約もあり、地下3階の環境展示と古代・中世、そして地下2階の ルネサンス・バロックの説明であったが要所を押さえた説明で好感がもてた。

 最初の「システィーナ・ホール」は【環境展示】と言われるものだ。
 古代遺跡や教会などの壁画を環境空間ごとそのまま再現したもので、臨場感を味わえる立体展示となっている。
後で見たスクロヴェーニ礼拝堂壁画も そうである。

 システィナ・ホールの陶板の説明も詳しい。
 曲面の陶板の製作の困難さやそれを乗越えて薄い陶板の製作が可能になったことなども説明を受けないと分からない。

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 スクロヴェ−ニ礼拝堂壁画も素晴らしく、広く音が反響する空間の内部は、本物の礼拝堂の中にいるような感覚になる。

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 陶板は何れも素晴らしい出来栄えで、フレスコ画の再現も発色が素晴らしかった。
 大きな陶板は継ぎ目があるがこれはやむを得ない。

 だが1枚ものの出来栄えは本物と見間違えるほどだ。
 モナ・リザも ルノアールの数々の作品も・・・・
 フェルメールの部屋もあり、「青いターバンの少女」も展示されていた。

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 次に『系統展示』といわれる方式がある。
 これは、古代から現代に至るまでの西洋美術の変遷が美術史的に理解できるように展示したものだ。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」(修復前、修復後)などがこれに当たる。
 それにしても、古代から現代までの膨大な数の西洋美術が時代ごとに展示されているさまは圧巻である。
 一箇所でこれだけのものが見れるのだから、陶板複製といってもバカに出来ない。

 「古代」では、ギリシャや古代ローマ時代の壁画やモザイク画が展示。
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 「中世」では、主にキリスト教関係の絵画や壁画。
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 そして、「ルネサンス」。
 あの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』。
 この絵の展示してある部屋には、高さ4m幅9mフレスコ画が向かい合って展示してある。修復前と修復後の「最後の晩餐」の実物大の絵だ!

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 案内の女性が、この絵に隠された謎の解説をしてくれる。
 多くの人が感心しながら聞き入っている・・・

 他にもダ・ヴィンチの作品が複数展示されている。
 もちろん「モナ・リザ」もリアルに迫ってくる。
 ルーブル美術館で見たときの感激が蘇る。

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 次の「バロック」は、キリスト教と王室関係の絵画が中心である。
 「プラド美術館」や「ルーヴル美術館」所蔵の名画の数々・・・・

 「ルイ14世の肖像」も立派な額まで再現されている。
 額だけで億単位の費用がかかっている。
 陶板は触っても、額には触らないでください!との説明だ。
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 さらに上の階は「近代」である。
 ゴッホ、ルノワール、ミレー、セザンヌ、モネ、マネ、ムンクなどなど、所謂西洋名画がところ狭しと展示してある。
 その数、約330点。

 ナポレオンの戴冠式の絵画もある。
 迫力充分だ。

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 別館に移ると「現代」である。
 展示されているのは、ピカソ、ミロ、ダリ、キリコなど・・・。
 傷みがひどく、門外不出になっているピカソの「ゲルニカ」も原寸大で展示されているが、これは実物ほどの迫力を感じなかったのはどうしてだろうか・・・。
 昔は「プラド美術館」の別館に、今は「ソフィア王立センター」に展示してある。
 一昨年見たときの感動は無かった。

 最後に『テーマ展示』だ。
 人間にとって根源的かつ普遍的主題など、時代を超えて古今の画家たちの描いた代表的な作品が展示されている。
 トロンプ・ルイユの「だまし絵」とか「生と死」や「時」などのテーマだが、これはそれ程の感動を生まなかった。


 いずれにしても、この大塚国際美術館は素晴らしいアイデアだ。
 ここにある名画を全部見るために夫々の美術館を巡ることは普通は出来ない。

 私はルーブル、プラド、ヴァチカン それにメトロポリタンは訪れた事がある。
 しかし、その美術館でも全部を見る時間はなかった。

 そうした、実物を見る機会に恵まれない人には最高の場を提供してくれる。
 大塚国際美術館を企画・建設してくれた大塚グループに感謝したい。

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浮世絵の美展

2008/07/21 11:05
 岡山市立オリエント美術館で一休みして・・・
 外は暑い。
 ここ岡山は既に梅雨明けしてもう 夏の暑さだ。

 少し歩くと岡山県立美術館で『浮世絵の美展』の開催を告げるポスターが目に留まる。
 すぐそばだ。

 せっかくだからと、立ち寄ることにした。

 館内に入ると、地下1階のロビーに巨大浮世絵の貼り絵が飾ってある。
 これは、ここで開催される「千葉市美術館所蔵 浮世絵の美展」に合わせ、岡山、香川県の児童が、縦5メートル、横3・5メートルの東洲斎写楽の「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」を張り絵で製作したものだという。
 公募による小学生計約200人が参加して作成したものだが、少し剥げ落ちていたのは残念だ。

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 ところで・・・・
 よく見ると、「千葉市美術館所蔵 浮世絵の美展」とある。
 ウン??
 千葉市美術館所蔵?

 迂闊なの事に私は千葉市美術館に行ったことがない。
 近くだというのに・・・

 そういえばあの菱川師宣は千葉県の出身で、鋸南町には記念館がある。
http://www.awa.or.jp/home/kyonankk/kinenkan.htm


 展覧会場には木版の浮世絵と、近世風俗画の流れを受け継いだ1枚ものの「肉筆浮世絵」が数多く展示されていた。

 浮世絵の祖といわれる菱川師宣をはじめ、春信・清長・歌麿・写楽・北斎・広重ら、六大絵師たちの作品を中心に、肉筆画・錦絵・版本・おもちゃ絵など多彩な内容である。

 菱川 師宣の 隅田川・上野風俗図、喜多川 歌麿の 納涼美人図、葛飾 北斎の 井手の玉川や富嶽三十六景 凱風快晴。

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 そして、鈴木 春信の 坐舖八景 台子夜雨、鳥居 清長の 美南見十二候、北尾 政美の 浮絵仮名手本忠臣蔵 十段目、歌川 広重の 東海道五十三次之内 蒲原、月岡 芳年の 那智山之大滝にて荒行図などなど・・・

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 美術図鑑で見たものが所狭しと並んでいる。

 美人画・役者絵・風景画それぞれに、当時の時代の先端をいく風俗を垣間見る事が出来る。

 明るい色調や平面的な構成は、ヨーロッパの印象派の画家たちにも大きな影響を与えたことは有名な話だ。
ゴッホやモネー等の人々も・・・

 だが浮世絵の世界の一角を占める春画は一点もない。
 やはり、公共の面前には出せないという事か・・
 それとも、春画は美術品ではないというのか。

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 そして・・・今や日本画の世界では浮世絵は廃れてしまった。
 油絵の世界が世界を席巻している。

 先日テレビで特集を組んで放送していた、エミリー・ウングワレー。
 オーストラリアのアボリジニ出身の現代女性画家も、ローカルな美術家としての評価しかない。

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青い煌きウズベキスタン

2008/07/20 23:03
岡山市立オリエント美術館を往く


 岡山の人には失礼だが、岡山といえば桃太郎伝説と晴れの国。
 中都市のイメージは案外そんなものだ。

 もちろん、岡山には後楽園がある。
 日本3大名園といわれる庭園だ。
 ここは一度訪れたことがあるが、その他の場所となると・・・・

 ところが、以外や以外にも岡山には美術館や博物館が多いのだ。
 岡山市立オリエント美術館??
 どうして、岡山にこの様な美術館があるのだろう・・??

 気になって調べると、この美術館は、 学校法人岡山学園(当時の理事長:故安原真二郎氏)から、古代オリエントの美術品1947点が寄贈されたのを機に建設されという。

 美術品は安原氏が情熱を傾けたコレクションで、氏と親交のあった東京大学の故江上波夫名誉教授と、故深井晋司教授の指導の下に美術館が形成されたようだ。

 個人の収集品が美術館になっているのは大原美術館を始め幾つかあるが、個人の収集物とはいえすごいと思う。

 学術的にも系統だった収集が特徴となっており古代オリエントの歴史と文化を理解する上でも有用なものが揃っている。
 建物もオリエントの建築物を模したもので雰囲気がある。

 現在、は寄贈や寄託が加わった結果、4800点余の考古美術品を保有するまでになっているようだ。

 有名な、アッシリア・レリーフ
 「有翼鷲頭精霊像浮彫」 
が平成16年、開館25周年記念事業の一環として持ち込まれたという。
 メソポタミアを統一したアッシリアの芸術は素晴らしい造形を見せてくれる。
 
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そして、有名な『ハムラビ法典』のレプリカがある。
 本物は ルーブル美術館にあるのだ。

 あの[ 目には目を ]は196条、 [ 歯には歯を ]は、200条。

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 今日は偶然にここを訪れることになったのだが、ちょうど萩野矢慶記写真展として、

シルクロードへの誘い 『青い煌き ウズベキスタン』 が開催されていた。

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 世界遺産に登録された青の都サマルカンドや城壁に囲まれた古都ヒヴァなどのあるシルクロードの要であるウズベキスタンを写したものだ。

 旅行写真家、萩野矢慶記撮影のオリジナル作品約70点と、工芸品約160点を一堂に集めたもので、シルクロード・オアシス都市がよみがえる。
 写真家ならではの行動力とシャッターチャンスでシルクロードの大自然、壮大な建造物、青く煌く建築装飾、そしてこどもたちの無邪気な笑顔を巧みに捉える。

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 今から400年以上も前に建設されたオアシス都市は、しかしながら 衰退してゆく。
 王朝は滅び、あるものは砂の中に埋もれてしまった。

 幸いに 保存状態が良く 発見された遺跡は素晴らしい姿を見せてくれる。
 古代のローマにしても、モンゴルの末裔の築いた街にしても 帝国とはかくも壮大なものを作り上げるのだ。

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 石の文化は残ってゆく。
 木の文化は今後生き残れるだろうか・・・・・


 注:
 萩野矢 慶記

 1938年栃木県生まれ。サラリーマンから写真家に転向。
 「世界のこども」と「旅」の写真がライフワーク。
 写真集に『ギリシア夢紀行』『ウズベキスタン シルクロードのオアシス』ほか多数。


 http://www.city.okayama.okayama.jp/orientmuseum/uzbekistan/

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与謝蕪村の『山水図屏風』

2008/05/17 23:25
 与謝蕪村・山水図屏風 


 5月17日(土)の22:00〜22:30の テレビ東京の 番組
 『美の巨人たち』 で、「与謝蕪村・山水図屏風」をみた。

 今さら与謝蕪村でもあるまいと 思っていた私は大恥を掻くところ・・

 これは、最近 見つかったという 銀地の 『山水図屏風』の紹介である。
 滋賀県甲賀市の「MIHO MUSEUM」(ミホ・ミュージアム)所有のものだ!!

 番組では、この「山水図屏風」の世界観に迫っていく。

 MIHO MUSEUMの館長で日本美術史家として著名な辻 惟雄(つじのぶお)氏が存在を確認されたものだが、 「蕪村の描いた絵の中の道を、登場人物と一緒に歩くつもりで鑑賞してみてはいかがでしょうか」
 と話されていた。

 雄大な景色と細かな描写が見事だ。

 俳人と画家という2つの顔をもっていた与謝蕪村は、写実的で絵画的な発句を多く残し、松尾芭蕉・小林一茶と並び称される江戸俳諧の巨匠の一人として活躍したが、画壇においても「春星」「謝寅」など複数の名前を持って活動していたという。

 「山水図屏風」は、険しい山や木々や民家が淡彩画で描かれた作品で、与謝蕪村が亡くなる前年、67歳ころの作品らしい。

 独学で学んだという独自の山水画。
 まさに日本の山水画だ。

 番組の中で紹介された「夜色楼台図」も素晴らしい。

 MIHO MUSEUM に行ってみたくなった。



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【落花流水 私日記(67):「負けるわけにはいかない」

2008/01/28 15:48


〈第六十七〉《 H20.1.22-H20.1.28》  

すべては愛のために


01/22
  この先は 声にならない 冬青空  
                                          津沢マサ子

 この感覚は素晴らしい!!

 今日の木更津の空はどこまでも青かった。
 散歩しながら眺める冬空の広さ!!
 社会の喧騒を知らないような青空!!
 幾つかの飛行機が・・・そして、飛行機雲が かろうじて空の景色を飾る。

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 関東の冬空は晴れ渡っていることが多い。
 トンネルを抜けると雪国はどんよりと曇っているのが裏日本。
 表日本の冬空はただ青くそこにあるだけだ。

 このように詩も静かにひっそりと存在することができるか。
 青空は そう問いかける。

 津沢さんは三橋鷹女に魅せられて俳句を始め、高柳重信の「俳句評論」などで活躍された方。
 80歳を迎えた現在も若々しい作品は我々に刺激を与えてくれる。

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 現実と非現実の境界を揺れ動くような・・・
 そして、人間存在の根源を問いかける作品を発表する。

  大虚(おおぞら)を 孕(はら)み割れたる ガラスびん

  青空と 荒野を愛し 子を抱かず

 情緒的な近現代俳句とは違った感覚の作品である。




01/23
 片岡球子さん死去

 形、色彩、奔放に 「描きたいもの」に情熱注いできた片岡球子さんが亡くなっておられたとのニュースが入る。

 自由奔放な筆遣いで日本画壇の中でもひときわ個性的な作品で知られた片岡球子であった。
 もっとも・・私はあれが日本画?とは思っていたが・・

 1930年、初期の傑作「枇杷」で院展に初入選。
 日中は教務があり、制作は夜しかできない。
 描きながら服を着たままで眠り込む生活が続き、再入選まで2年、3度目の入選まで5年も落選を続けた。

 仲間からは「落選の神様」とあだ名で呼ばれたこともあったという。

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 その、片岡球子に小林古径が言葉をかけた。
 「あなたの絵はゲテモノに違いありません。 
 しかしゲテモノと本物は紙一重の差。 
 ゲテモノを捨ててはいけません」

 と・・・・。

 小林は見抜いたのだ!!
 大胆にデフォルメされた形や鮮やかな色彩など、従来の日本画とはかけ離れた魅力は、いつかは世間が評価すると・・・

 代表作に「面構」の連作がある。
 京都の等持院で見た足利一族の木彫がきっかけだったという。

 いわく、
 「足利尊氏は福顔。何と度量の深そうな素晴らしい顔だろう、そこで決めました、人間の面を描こうと」。

 それを、豪快な色彩、筆遣いで描いた。
 圧倒的な魅力に満ちている!!

 富士山にひかれると、富士山が眺望できる神奈川県藤沢市辻堂へアトリエを移し、「富士山」の連作を生んだ。

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 「長生きして、だれもまねできないような作品を、暴れ回るように描きたい」と語っていたという。

 私個人は日本画としては評価できないが、絵画としてなら評価できる。

 日本画とは何か?という課題はいつまでも残る。
 彼女は、精神的には伝統的な日本画を受け継いでいたのかもしれないが・・・
 造形的には独自のものを見事に構築したといえる。

 ある意味での天才かもしれない。
 伝統の破壊者でもある。



01/24
  履霜。堅氷至。(霜を履みて 堅氷至る)


 儒教の原点である「五経」のひとつ「易経」にある言葉。

 「薄い霜も 思いもよらず厚い氷になる」という意味。

 霜が降りるとやがて堅い氷が張る厳寒が訪れるように、霜が下り始めると、やがて堅い氷の張りつめる厳しい冬がやってくる。
 どんな大事件でも、世の中には必ず予兆がある。
 それを見落とさず、あらかじめ対策を用意するのが賢明だという教えに用いられる。

 例えば、取るに足らない言動が、いつの間にか取り返しのつかない厚い氷のようにならないよう注意することも大事であろう。
 
 世の中を賑わせるスキャンダルも始めは小さなことから始まる。
 その、後始末をどうして行くか・・・
 問題が発覚したときの対応の仕方。

 船場吉兆の女将の謝罪会見での ヒソヒソ指示も 社長就任後の挨拶も専門家に言わせれば評価ゼロ。
 まさか?が まさかになる。
 心底反省していないからである。

 病気も同じである。
 早期発見、早期治療がポイントである。
 今日、破傷風の予防注射の3回目を受けた。


 何も政治や会社の仕事に限らない。

  疾風知勁草  【疾風に勁草(けいそう)を知る】

 と、いう言葉がある。

 強い風が吹き天候が荒れたときに、強さの真価がわかるという意味だ。
 冷たく強い風には当たりたくないものだが、苦労に立ち向かってこそ人は本当の強さを身につけられるだろう。

 今は 風邪を引いたらいけないと暖かい部屋で過ごさせる。
 相撲も稽古が足りないと千代の富士が嘆いていた。

 苦労が人を育てるという人間の基本を忘れてしまったようだ・・・

 中国後漢王朝の盛衰を記録した「後漢書」の時代から人間の本質は変わっていない。



01/25
  とりまいて 人の火をたく 枯野かな

 最近のガソリンの値上げ。
 それに健康志向!
 と、言う事で最近は近場へ出かけるときは極力歩く事にしている。

 歩いて2キロほどの所にある「ニトリ」へ・・・
 帰り道に、長楽寺に立寄る。

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 長楽寺木更津市にある真言宗 豊山派の寺院。
 山号は清滝山、院号は明王院。
 本尊は薬師如来である。

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 この寺は、鎌倉時代後期の嘉元年間(1303年〜1306年)から徳治年間(1306年〜1307年)にかけて融源によって上総国 望陀郡 請西本郷に創建されたとつたえられ、永禄年間(1558年〜1570年)に現在の場所へ移されたとある。
 
 本堂に至る参道には、老杉の並木が続く風情ある散歩道となっており、また本堂裏手には庭園が広がっている。
 山茶花が咲き、なかなかの趣を見せてくれる。
 枝垂れ桜や紅葉の木も多い。

 本尊の木造薬師如来坐像は、ヒノキ材で一木造された仏像だ。
 平安時代初期に造られた、県内最古の木像の一つとあった。

 境内の道には焚き火の跡があちこちに・・・・
 落ち葉焚きの名残であろうか?
 それとも、除夜の鐘を撞いた大晦日の夜の焚き火の跡であろうか?


 とりまいて 人の火をたく 枯野かな

 芭蕉の「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」を思い出す子規の句である。

 「とりまいて」という状況から始まるこの風景。
 「火をたく」ということにより赤い炎色を感じさせる色彩感がいい。
 そして、無彩色の「枯野」の光景へと広がっていく。




01/26
  すべては愛のために 
( BEYOND BORDERS )

 DVDレコーダに録画してあった映画を見る。
 タイトルは表記の映画である。

 エチオピア、カンボジア、チェチェン、イギリスを舞台に、10年に渡って繰り広げられる男女二人の真実の愛の物語とでも言おうか・・。

 英国貴婦人が貧困や飢餓で苦しむ国の人々を救済する青年医師と出逢い、秘めた愛情と葛藤しながらも過酷な現実の中で救援活動に身を投じていく姿を描いたものであるく。

 主演はアンジェリーナ・ジョリーとのクライヴ・オーウェン。
 監督はマーティン・キャンベル。

 裕福なイギリス人の妻となったことで華やかな社交界も経験し、優雅な生活を送るサラ。そんな彼女にある日、人生の転機が訪れる。それは、サラが義父の慈善活動の功績を讃えるパーティに参加した時。この虚飾に満ち溢れた会場に、突然、青年医師が痩せ細ったひとりの少年を連れ飛び込んでくる。

 その医師ニックは、今この瞬間も世界中で命を落とす子供たちがいることを懸命に訴えかけた。
 その必死な姿に衝撃を受けるサラは、翌日その少年が死亡したことを知り一大決心。
 私財を提供するとともに、夫の心配を顧みず援助活動に向かう。


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 サラがエチオピアの難民キャンプに物資を送り届ける冒頭のシーンでは、見るも圧巻の「地獄絵図」が繰り広げられる。
 路上に横たわる屍をいくつも乗り越えてようやくキャンプ地に着いたとたん、銃を手にやって来た武装グループが物資を強奪しようと、群らがう難民たちと大乱闘を巻き起こす・・・・


 アンジョリーナ・ジョリー自身が援助活動をしてるという話は聞いたことがある。
 実際はかなり筋金入りで、アフガンに自費で100万ドル寄付したり、カンボジアの孤児を自分の養子に迎えているともいう。


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 このドラマは、1人の女性が自らの人生を切り開いて自立した人間に成長してゆく物語とも言える。
 冒頭、パーティで着飾った主人公サラの存在は、夫の飾り物に過ぎないが、自分の住む世界とはまったく異なる悲惨な現実があることを知って、大きく生き方を変える行動力を発揮する。

 同時に、上品な夫と対照的な野性味溢れる未知の男との出会いもある。

 しかし、人生をかけるに値する仕事と最愛の男を得て、家族や子どもを捨ててしまったわけではない。
 母であり妻であることを充分自覚しながら、恋人を愛することも躊躇しない。
 その情熱と信念に満ちた生き方が潔いとも言える。
 まさに、自立した女性!!

 もともと別の監督、役者で撮られるはずであったと言われる本作で、彼女は「難民たちの実情を世界中に知らせたい」という思いで出演したという。


 調べてみたら、彼女は、数百万ドルという私財を難民救済活動のために寄付し、自分自身も世界各国の難民キャンプを訪問、慰安、ついには国連親善大使にまでなってしまった。
 そして、カンボジア難民のある子供を、自らの養子として迎えたというのだから凄い。
 まさに、金持ちをその気にさせると大変な事になるという見本である。

 「難民の実情とそこで活動する医師団たちの過酷な現実」を余すところなく伝えるという目的がはっきり伝わってくる。
 ただ、それだけでは面白くないから貴婦人と、破天荒な青年医師との不倫ドラマなどが味付けとして加えられているとも読めるが……

 しかし、アメリカには俳優で慈善活動に積極的な人が多いのは事実だ。
 多少、我田引水気味の映画( 例えばゴアの 不都合な真実 )もあるが、この映画はアンジェリーナが実際に行動している熱心な現役活動家でもあるという点を踏まえて見れば、興味も深まる。


 映画としては平凡な印象だが、途上国の実態に迫ったリアルな描写は、なるほどと思わせる部分が多々ある。

 世界の辺境での惨状と、文明国に暮らす私たちの生活とのギャップを、彼女の目を通して追体験させてくれる。

 ただでさえ飢えと貧困で喘いでいるのに、そういう所だからこそ少しでも力や権力を持つ者が欲望を膨らませている現状。
 CIAや国際的な武器商人が行く先々で暗躍する様子・・・・

 そういう現実の人間の飽くなき欲望が入り乱れて、飢えと貧困がいつまで経ってもなくならない。

 いまこの時点でも多くの人が貧困に喘いでいる。
 
 不景気とは言え・・・・
 一家に何台も車を持ち、冬だと云うのに家の中で軽装で生活し・・・・
 食べ物の好き嫌いを言って・・・・
 メタボ症候群にかかってダイエットに励む。


 そして、エセ科学に騙される。
 ダイエット関連商品の何と・・・次から次に・・・
 マイナスイオン商品も・・・・

 これは日本に特有の状況のようだ。



01/27
  秋田人の名誉にかけて 

 ピンポーンの音で、宅配便が届く。
 差出人は・・??
 知らない名前であるが・・・・

 そうだ!!
 あの、秋田の人だ。

 実は先日、知人と懇談した後の二次会で居合わせた人と話をしていたら、秋田から木更津にゴルフに来たという。
 角館あたりの旅館組合の人たちであった。
 
 秋田は雪国。
 冬は暖かい沖縄とか房総に遊びに行くのだと云う。
 なんとも優雅ではあるが・・・・

 私が秋田の酒が美味しいというと、相手は気に入ってくれて秋田の酒を送るから住所を書いてくれと云う。
 冗談半分で書いて渡しておいた・・・

 その人からの、宅配便で日本酒3本セットである。

 手紙が添付してあった。
 
 『 遅くなったお詫びと・・・
   秋田の人間が嘘つきでないことを・・・・  』
  
  何とも言いようがない。
  見ず知らずの間柄なのに、約束した事を思い出して、送ってきたのだ。
  秋田の人間が正直な事を自分自身で証明しなければいけないと思ったのだろうか・・・

  日本には まだ素晴らしい人たちが残っている。
  その人の 名前は 加藤政雄さんである。




01/28
  朝青龍の力・品格 共に変わらず

 久しぶりに連日の大相撲を観戦した。
 千秋楽!
 結びの一番で白鵬が勝って優勝!!

 ほとんどの日本人が小躍りして喜んだ。
 もちろん、我が家の奥様も手をたたいて大喜び!!

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 そして、惜しくも負けた朝青龍であるが、これほど負けて喜ばれた朝青龍もないであろう。

 朝青龍は13勝を挙げ力量は健在だったとはいえ、土俵外での粗暴な振る舞いに変わりはなかったのだから・・・

 確かに、朝青龍は卓越した相撲勘を武器に白星を積み重ねると、終盤は力強さも披露した。
 北の湖理事長は「苦しい一番をしのいでいくのも横綱の責務だ」と評し、白鵬の育ての親である熊ケ谷親方も「ここ一番での精神力はすごい」と多角評価していた。

 ただ、他力士のふがいなさに助けられたのも事実だろう。
 大関陣は千代大海が初日から7連敗で途中休場し、琴光喜、魁皇、琴欧洲は 勝ち越すのがやっとの体たらくであったから・・・。
今場所の大関陣は最低であったといえるだろう。


 朝青龍は、モンゴルから帰国した際に「品格も磨いていきたい」と誓ったが、変化は感じられなかった。
 フライング気味の立ち合いや機先を制する張り差しは、何が何でも勝ちたいという気持の現れであろうが受けて立つという横綱像にはほど遠い。

 支度部屋での荒っぽい振る舞いや、気に障る質問をした記者に「何を聞いてんだよ!」と怒鳴る等、まるで品格はなかった。


 一方・・・
 「負けるわけにはいかない」
 と、白鵬の言葉は気迫がこもっていた。

 白鵬が激しい差し手争いを制し、何とか巻き替えようとする朝青龍の抵抗を許さない。
右四つがっぷりの体勢から引きつけ合い、朝青龍がつりでしのぐ。
力のこもった47秒の熱戦に終止符を打ったのは、朝青龍を裏返しにする白鵬の豪快な上手投げだった。

 白鵬には角界の看板を背負ってきた意地もあっただろう。
 昨年の夏巡業を皆勤し、秋、九州を連覇して横綱の責任を全うしてきた。

 「夏巡業からずっと頑張ってきた。休んでいた横綱に負けるわけにはいかない」。
 ライバルへの対抗心を隠そうとはしなかった。
 
 「4連覇を目指したい」と次を見据えた22歳の横綱は、名実共に角界の頂点に立った。

 判官贔屓の日本人に好かれる要素も持ち合わせてきたようだ。



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【落花流水 私日記(51):プリンセス天功のすごさ 】

2007/10/01 14:52
〈第五十一〉《 H19.9.24-10.01 》 

 「 プリンセス天功のすごさと日本人の優しさ 」 

9/24
 第19回世界文化賞 指揮者のバレンボイム氏ら受賞


 優れた芸術の世界的な創造者たちを顕彰する 「高松宮殿下記念世界文化賞」 (主催・財団法人日本美術協会=総裁・常陸宮殿下)の第19回受賞者が決まり、20日、常陸宮ご夫妻臨席によりパリ日本文化会館大ホールで発表されたという。

 迂闊にも、この賞のことを知らなかった。
 日本発の世界賞として京都賞などはあるが・・・・

今年の受賞者は、
☆ 絵画部門=ダニエル・ビュレン(69)〈フランス〉
☆ 彫刻部門=トニー・クラッグ(58)〈イギリス〉
☆ 建築部門=ジャック・ヘルツォーク(57)〈スイス〉とピエール・ド・ムーロン(57)〈スイス〉
☆ 音楽部門=ダニエル・バレンボイム(64)〈イスラエル〉
☆ 演劇・映像部門=エレン・スチュワート(87)〈アメリカ〉

 の5部門6氏である。

 残念ながら、指揮者のダニエル・バレンボイムしか知らない。

 ダニエル・バレンボイム氏は、ベルリン国立歌劇場との来日公演を前に、東京・上野公園の東京文化会館で記者会見を開き、世界文化賞受賞について「大変名誉で、うれしく思っています」と感想を述べた。
 
 同氏は、今回の世界文化賞の「若手芸術家奨励制度」対象団体に選ばれた「ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ」にも関係し、パレスチナ系米国人学者の故エドワード・サイード氏とともに、イスラエルとアラブ諸国の相互理解を目的に創設した楽団で、「他人の歴史を理解し、尊敬しあうことの大切さを呼びかけるプロジェクト」であることを改めて力を込めて述べた。

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 絵画部門受賞者、ダニエル・ビュレン氏はパリのパレ・ロワイヤル中庭のストライプの円柱群で知られる人で、来日回数が約200回の日本びいきだそうだ。

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 建築部門に選ばれた、ジャック・ヘルツォーク氏とピエール・ド・ムーロン氏。
 選考委員の馬場璋造氏は、
 「造形ではなく表層を通して建築を変えるのが彼らの特徴だ。常に誰も見たことのない建築を追求している。新しい時代を開く試みが、世界文化賞にふさわしいと考えた」と選考理由を述べている。

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 彼らの主な作品に「セントラル・シグナル・ボックス」(1999年、バーゼル)、「テート・モダン」(2000年、ロンドン)、プラダ・ブティック青山店(2003年、東京)、「アリアンツ・アレーナ」(2005、ミュンヘン)があり、現在進行中のプロジェクトは、2008年北京五輪のメーンスタジアムなどだという。


 高松宮殿下記念世界文化賞は、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各部門で優れた業績をあげた芸術家を表彰するものだが、受賞者は各部門で年間1人が原則。
 
 委員長の羽佐間重彰氏は「第19回目の今年で受賞者は98人になった。米国、フランス、英国、イタリア、ドイツ、日本の6カ国で全体の4分の3を占めているが、今後はそのほかの国からも受賞者を増やしてゆきたい」と20回目の節目に向けていっている。


 「芸術に国境なし」というが、このような国際な賞を日本から出す事は 混迷する世界の相互理解を深めることにつながるし、高く評価されるべきものであろう。

 もっと、大きくマスコミでも報道すべきだ。



9/25
 中秋の名月考 

 今夜は、旧暦の「中秋」。
 高気圧におおわれて全国的に晴れとなったようで、木更津でも夜空にぽっかりと浮かぶ「中秋の名月」が楽しめた。
 しかしながら、今年の中秋は、残念ながら満月を迎える2日前となり、少し欠けた月であった。

満月でない中秋の名月

 中秋とは秋の真ん中のこと。
 旧暦の秋は7月、8月、9月だから、秋の真ん中といえば8月15日である。

 ところで、一般に 旧暦の15日といえば、満月に近い月が見えるのは当然であるが・・・・
 満月を十五夜などと言うことからもそう思っている人は多いはずだ。

 しかし、太陰暦では新月となる日は毎年違っており(太陰暦の不正確さによる)、旧暦8月15日となる日も年によって違う。
( むしろ、満月でない年の方が多い。これは月と地球の公転軌道の関係で、新月から満月までの日数が15日とは限らないために起こる。 )

 今年の場合、満月は9月27日であり今年の中秋の名月は満月の2日前ということになる。
 実際その形を見てみると、左側(東側)が少し欠けた状態で見える。
 パッと見ただけでは、気づかないかもしれないが・・・。

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 そして、26日 27日の月は赤く見えてくる。


 名月や 伊予の松山 一万戸 

 正岡子規明治25年の作。
 「名月」の下に広がる「一万戸」こそが、わが故郷「松山」であるよ、という故郷を慈しむ朗々たる一句である。

 愛媛県松山市が発足した明治22年の人口は3万2916人とある。
 「一万戸」という数字は、いい加減な数字ではないだろう。
 
 平成19年現在、松山市の人口は51万3038人、21万8783世帯である。
 50万人都市を照らし出す中秋の「名月」は、明治時代と同じ月であろうか・・。

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 中秋と仲秋の違いは? 

 両者の意味合いは異なる。
 中秋は旧暦8月15日そのものを指すのに対して、仲秋は旧暦8月のことを指す。
 本来は旧暦8月15日にお月見をするので、中秋の名月と書くのが正しい。


9/26

 仕事で岡山へ向う。
 N300系新幹線は 乗り心地がいい。

 7月1日から、東海道・山陽新幹線に導入されたものだ。
 東京ー新大阪間が2時間25分と、今までより約5分短縮される。

 加速性能が大きく向上しており、最高速度270kmに達するまでの時間は3分に短縮されたがそれを感じさせない快適さである。

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 JRによる広報では、

1.最速のハイテク車両
(1)最高速度 : 270km/h(山陽区間:300km/h)
(2)曲線通過速度(R2500m) : 270km/h 車体傾斜システムの採用
(3)加速性能の向上 : 2.6km/h/s 

2.快適性の向上
(1)乗心地の向上
(2)車内静粛性の向上
(3)車内快適性の向上

3.環境性能の向上
(1)環境への適合
(2)省エネルギー化の推進

 車内快適性、環境適合性、省エネルギー化をも最新の技術を採用することにより両立化を図った、トータルバランスの極めて優れた車両です。

 と、ある。

 http://jr-central.co.jp/co.nsf/CorporateInfo/co_0H80

 長旅を感じさせない快適な新幹線車両である。
 制御技術の進歩は我々の生活を豊かにしてくれる。
 理科系の技術者に拍手を送りたい。



9/27
 院展と ピカソ展


 仕事の帰りは時間があったので、京都へ立寄った。
 お目当ては『院展』である。

 今回は京都市立美術館で【再興92院展】を見ることになる。
 前回の【再興91院展】は横浜そごうで見たし、ここ数年ずっと見てきた。

 内容は、先にブログに書いたのでそちらを参照されたい。

 院展を見終わって、平安神宮に立寄り京都駅へ戻る。

 駅にある 伊勢丹の7階にある 美術館「えき」で開催の『ピカソ展』を見る。
 子どものような純粋な心で製作された数々の作品には、そのエネルギーに圧倒されたり驚かされたりしつつ・・・

 これも内容は 先に書いたので省略。

 美術の秋にふさわしい催し物が京都には溢れている。
 今もって、京都は日本人の心の故郷かもしれない。

 駅前のバス乗り場で出会ったアメリカ人観光客は3日間京都を見て廻ると言っていた。
 彼らに勝る目と耳を持って 何人の日本人が京都を巡っているのだろうか・・??


9/28
 やまとうた  
「やまとの歌は人の心を種として 万の言の葉とぞなれりける」
紀貫之
 
 「古今和歌集」の「仮名序」に書かれている言葉。
 古今和歌集は日本最古の歌論で、原文はひらがなである。

 和歌は人の心の奥から生まれたものが無数の言葉となったものである。
 男女の仲を和らげ、武人の心も癒やすものだというのが貫之の書いているところである。

 日本人の心とは何か?
 明治時代までは真剣に考えられた。

 本居宣長の
 
 敷島の 大和心を人とはば 朝日ににほふ山ざくらばな   

 にしても、古今集の

 さつき待つ 花橘の香をかけば 昔のひとの袖の香ぞする

 にしても、日本人には歌の心が分かるであろう。

 万葉集の雄渾おおらかな古代の日本人の心にふれることは今では難しいのか?


9/29
 国際キログラム原器、なぜか軽く・・

  
 先日から気になる記事の事が脳裏を離れない。
 
 1キログラムの重さを定義する分銅「国際キログラム原器」が、パリ郊外の国際度量衡局内に厳重に保管されているにもかかわらず、なぜか0.05ミリグラム軽くなっていることが判明した。

 「原器」である以上、たとえ重さが変わっても、それを「1キログラム」とするのが国際単位系のルールであるから大変な事になる。

 この原器は、化学変化を起こしにくい白金イリジウム合金で19世紀に作られ、各国に公式複製が配られている。
 原器や複製の重さを検証するには、原器とこれらの複製とを相互に比較して校正する。

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 現在、人が作った「もの」に基づいて定義される国際単位は重量の単位であるキログラムだけである。

 長さ(1m)や時間(1sec)などは、光速や原子核の振動数など不変の物理現象に基づいて定義されている。

 重量の国際単位も、近年の科学技術の進歩を受け、特定の数のシリコン原子の重さなど、より厳密に重さを定義づけようとする研究が続いている。

 さて、どういう風に決着していくのだろう?

 通常の生活ではあまり感じない物差しではあるが、計測の基準が狂うとどんな事が起きてくるか?
 テクノロジーがナノの領域に入ってきた現代では疎かに出来ない問題である。


9/30

 プリンセス天功のすごさ
 夜のTV番組にプリンセス天功が出演していた。

 7月22日、福井県鯖江市で公演されていた、プリンセス天功スーパーイリュージョン昼の部上演中に、イリュージョン機材のトラブルが発生し、負傷したことは知っていた。

 トラブルは<決死のスパイク・イリュージョン>というエスケープイリュージョンの最中にコンピュータの誤動作により発生し、刃渡り10センチ、長さ80センチの金属製刃物 計20本に左右から強い力で挟まれてしまったという。 あと1センチで、右目に剣が突き刺さる状態であったことも明らかにされている。

 しかし、プリンセス天功はトラブル発生後も、約30分間意識がないままイリュージョンを続けたそうだ。
 信じられない事だ・・・

 そして、右のほお骨と肋骨骨折、全身打撲の重症で全治1ヶ月という状態にも関わらず、わずか1週間で名古屋・御園座公演に復帰したという。

 これを見ていて彼女のプロ魂というか、プロ意識の凄まじさを感じた。
 痛みに耐え、それを我慢しての公演とは本当のプロというのは天功の事を言うのだろう。
 まさに命がけのイリュージョンだと思うし、彼女のイリュージョンは素晴らしい。

 TVでは、まだ、強度の全身打撲による強い痛みと、顔面の怪我をうまく隠した状態での出演であったが、元気な様子で安心した。

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 そして・・・・それから始まった彼女の生活の様子は 庶民には殆ど信じられないものであった。

 イリュージョンのための衣装倉庫はまるで 配送センター!
 そこには 色違いの3台のロールス・ロイス!!

 時間を買うための(時間が無いために・・)ヘリコプターによる移動。
 (お食事にもヘリを使って・・・富士山にも・・・)

 アメリカの邸宅や 数え切れないほどの大型動物のペット!!

 宇宙旅行のためのトレーニングの様子!!( 宇宙旅行は22億円 )

 アメリカのオークションによるコレクション。
 ( マリリン・モンローの遺品等など )

 おまけは、プリンセス天功 自身の土地で松茸を大量収穫。
 食卓には沢山の松茸があるが・・・
 それは、なんと彼女自身の土地から取れたものだと・・・


 日本人でこれほどの人がいることに驚きを覚えた!!

 世の中は狭くて広い!!



10/1
 秋の顔・ヒガンバナ


 真っ赤なヒガンバナが咲き、本格的な秋の訪れを告げている。
 29日から雨模様で、昼すぎの気温が17度と急激に冷え込んだ。
 畑の畦道には いたる所はしっとりと滴にぬれた彼岸花が咲いている。

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 彼岸花、桜を守る の記事が・・
 
 現場は国道410号沿いの、清和県民の森近くのダム湖の支流に臨む緩やかな傾斜地。
 「村おこしに」と房総丘陵の山の一角の約3ヘクタールを切り開いた君津市旅名、観光農園フルーツ村の佐野卓男さん。

 7年前から2年かけて中ほどの2ヘクタールに、春に先駆けて花を楽しめる早咲きの河津桜を800本植えた。
 イノシシがミミズや山芋などを求めて桜山の地面を掘り返す。
 シカが苗木の軟らかい幹をかじり、芽を食べる。
 負けてたまるかと補植して奮闘、無事根付いた桜は600本。

 日当たりがよく、地味が肥えていることもあって、育ちは上々で、濃いピンクの花色が息をのむほど美しく、今年3月には3千人が足を運んだ。

 桜を守り、育てるにはイノシシやシカを近づけないのが一番。
 しかし、「広すぎてネットや電気柵(さく)を設けるのは無理」と佐野さんが、桜を守るために思いついたのが、鱗茎に毒がある彼岸花。

 「死なないまでも嫌がって近づかなくなれば上出来」と4年前に6万個の球根を植えたところ順調に育ち、1株5本程度の花をつけるようになった。

 彼岸花園は10年計画で整備中で、桜山の歩道沿いを中心に咲いているが、佐野さんはもっとびっしりと植えることも考えている。

 春の桜を、秋の彼岸花で守る「花見」の新名所だ。

 世の中には心根の優しい人がいるものだ。
 個人で工夫して 桜と彼岸花を植えて人目を楽しませる工夫をしている人がいる。

 日本人の優しさが溢れている。

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ピカソ展と最後の女 ジャクリーヌ

2007/09/29 15:00
 最後の女 

 久しぶりに京都へ行った。
 
 京都市立美術館、平安神宮を見た後 京都駅伊勢丹の 美術館「えき」で KYOTO 開館10周年記念 として、ピカソ展を開催していると言うので見に行った。

 タイトルは『-子どものような純粋な心で-』

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 言うまでもなく、20世紀の美術史に多大なる影響を与えた芸術家、パブロ・ピカソ。その偉大なる功績は今でも世界中の美術ファンを魅了し続けている。

 作品には時代とともに変化が如実に現れ、青の時代、バラ色の時代など、特徴的な表現方法が次々に生まれた。
 その絵には「怒り」「憎しみ」「戦い」「挫折」など人間の内面に潜む感情が見事に描かれている。
 
 晩年過ごしたヴァロリスでの生活は陶芸を中心に版画などに積極的に取り組んだ時期でもあり、そこに描かれているのは、今までのピカソとは思えない構図が多く、皿に描かれた絵付けはまるで子供の絵の様な作品である。

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 印象に残った作品を少し羅列すると・・・

 『女の顔』(エッチング:1905年)
 『猿と女』(リトグラフ:1954年)
 『女の顔』(エッチング:1905年)
  この絵には裸婦が写実的に描かれ男は簡略化されて描かれている。
  男は哀れ・・・

 『156シリーズ』(エッチング:1970年)
  エロティカシリーズと名づけられたこのエッチングはピカソの欲望を表していると言われるものだ。
 115にはペニスが大きく描かれている。
 この時ピカソは90歳。凄い!!

 『腕を組む男』(油彩:19645年)
 『パイプを持つ男』(油彩:1968年)
 『男の顔』(パステル:19725年) おどけた男の顔が面白い。

 そして、有名な
 『読書するジャクリーヌ』 (ブロンズ:19645年)
  ピカソのジャクリーヌに対する愛情と、彼女の心の安らぎが表現されている。

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 『花嫁衣裳のジャクリーヌ』 (研磨とスクレイパー:1961年)
  18ステージまでの間において、ジャクリーヌの目の表情が変わって描かれている。

  (注) この「花嫁衣裳のジャクリーヌ」は銅版画だが、ピカソが結婚して22日後から
    描かれた。
      1枚の原版に手を加え、18段階の過程で夫々試し刷りをし、その変化を
    記録にしたという。
    その18段階の試し刷りが展示されていた。


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 ピカソがジャクリーヌに出会ったのが1953年。
 翌年彼女とピカソは同棲する。
 ジャクリーヌ28歳。ピカソ72歳である。

 ピカソの長い生涯には、幾人かの女たちが深くかかわっている。

 パリの恋人フェルナンド。
 若くして死んだエヴァ。
 最初の妻オルガ。
 若き恋人マリーテレーズ。
 「泣く女」ことドラ・マール。
 ピカソを捨てたフランソワース・ジロー。

 そして最後の妻であり恋人、ジャクリーヌ

 ピカソとジャクリーヌが出会ってから二人が結婚という形を取るまでに、およそ10年の年月が必要とされた。
 この頃のピカソを取り巻く環境は、決して幸福に満ち溢れたものではなかった。

 フランソワーズ・ジローが子どもを連れて自らピカソのもとを離れ、また最初の妻のオルガがこの世を去る。

 「どんな女もわたしから去りはしない」と彼が言ったように、そのセックスアピールは彼の生き様そのものであり、そのエネルギーや凄い!!
 
 ピカソはジャクリーヌの肖像を多く描いた。
 それは確かにキュビスムややや新古典主義をとりいれた形態のものではあるが、どれもこれもジャクリーヌその人の姿を映したものである。

 これはオルガを険悪な結婚生活を象徴するような「牙をむく怪獣」の姿で描いたことや、ドラ・マールが「泣く女」として描かれたこと、またはマリーテレーズが「盲目のミノタウルスの手を引く少女」として、あるいは幸福を象徴するような「ふくよかな形の女」という記号的な姿で描かれたこととは一線を画すものである。

 ピカソはジャクリーヌをジャクリーヌとしてのみ描いた。
 ピカソにとって、彼女は恋人であったというよりは、家族であったのかもしれない。

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 しかし同時にジャクリーヌは彼の、ほんとうに最後の女であった。
 
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 ところで・・・
 見ているうちに何となく何処かで見た気がする作品が多い。

 最後に分かったのは、展示が箱根彫刻の森美術館所蔵作品を中心に行われていたのだ。

 8月に箱根に行き、彫刻の森美術館のピカソ館を訪問したばかりだったのに・・・
 会場前のポスターでは気がつかなかった!!
 少し残念な気もする・・・・

 でも、良いものは いつ見ても素晴らしい。
 
 そして、ピカソの生き方からエネルギーをもらった。

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再興 92 院展 : 日本画の未来は?

2007/09/28 21:23
 再興 92 院展 

 所用で関西に行ったついでに帰りに京都市立美術館に立寄り 院展を見てきた。
 京都では、毎年「院展」京都展が開催されているようだ。

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 院展は1898(明治31)年、岡倉天心らによって創設され、東洋美術の伝統を基礎とした新時代の日本画を目指したもので、一時の中断後、1914(大正3)年に横山大観らによって再興され、今年は再興から第92回。
 同人はじめ招待・無鑑査、入選作品の計111点の大作が出展されていた。

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 同人では、平山郁夫氏の「古代ローマ遺跡 エフェソス・トルコ」の大画面をはじめ、内閣総理大臣賞を受賞した松村公嗣氏の「はだか祭」、後藤純男氏の「初桜遊行俯瞰図」などが勇壮さや絢爛さを競っていた。

 さすがに京都である。
 院展を見に 大勢の人が詰め掛けていた。

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 主な受賞は

 内閣総理大臣賞:松村公嗣「はだか祭」

 文部科学大臣賞:吉村誠司「雛祭り」

 日本美術院賞(大観賞):山田伸「幻影」

 日本美術院賞(大観賞):番場三雄「風の道」

 天心記念茨城賞:岩永てるみ:「「La vued’ Orsay」」


 であるが、正直 私には内閣総理大臣賞の「はだか祭」も大観賞の「風の道」も 高く評価できないし、文部科学大臣賞の「雛祭り」も 一体どこがいいのかわからない。

 千住博氏は、

 『 絵は単に眺めるものではない。画面のなかに作者が残した手がかりをみつけ画面を「読む」ことです』

 という。

 確かにそうであろう。 しかしである・・・・
 見る人に訴えない絵が 好い絵と言えるであろうか?

 今、院展はどこに向かっているのであろうか?
 今まで、「日本画とは?」の問いかけに多くの論議が繰り返されてきたようだが、未だに明確な答えは出ていないようだ。

 もともと中国絵画をその源流として育ってきた日本画は、本質的に空間のとらえ方を始め、西洋画とは頑として相容れない要素をもっている。
 今、日本画に何が可能か。これからの日本画はどこへ行くのだろうか。

 千数百年の歴史をもち、また技法、素材、精神性が引き継がれている日本画。

 しかし、この院展の「日本画」をみても、一見、油絵かどうか、わからない作品、日本画の西洋画的表現が多くみられるようになり、その境界がなくなりつつあり、「日本画」という言葉から想像する絵とは違ったものに思えるのはどうしてだろう。

 日本画と他の絵画との違いは単に材料の違いだけではないはずだ。

 空間意識や時間意識が、洋画とは違うはずだ。
 すべてを描き切ってしまわない「余韻」も大事な要因かもしれない。
 やはり日本独特の美意識がそこに表現されていなくては・・・・

 つまり、油絵と日本画が、材料だけの違いと、言い切ってしまうのではなく、まだまだ解決しなければいけない問題が、根底にあるように、思う。


 これからの日本画は、過去の偉大な日本画家たちの功績を活かして、これからどのように発展していくのか・・??

 国際化が進む昨今、「日本人のアイデンティティ」の表現としての日本画が存在感を無くしたら、洋画と何ら変わらなくなってしまう。


千住博氏は これらの問題に 次のように言っている。

■日本画とは自然の側にある絵画への態度。のこと。

■我をなくすことで普遍性が伝わるということ。

■自分が滝なら、どう?流れたいか?と自然の側にいる自分を感じることが日本画。

■絶対の正直という態度で描く。描きたいものを心より。

■絵画に対する志は、無作為であるべき。
 でも、<無作為の作為>を用いて、より自然に近づくための人工的な工夫もある。
 しかし、あくまでも、志は無作為であるべき。

■作為をなくす志を持つ→自分の鏡である絵画。
 瞬間を捕らえる。自分の絵を見つけるためには。

■チャンスは準備を好むということを心に。

■自分の<好き>の質を高める。興味のポイントの洗練に努める。


 などなど・・・・
 一つの答えであろう。

 今回、私が評価しなかった絵は いずれも 暗い絵である。
 日本画はこんなに暗い絵を描いてきたのか?
 番場三雄「風の道」、松本哲男の「文明」などはそうだ・・・・

 それに比べ、『大観賞』の山田伸氏が花の群生のかなたにシマウマを描いた幻想的な「幻影」、天心記念茨城賞の岩永てるみ氏の「La vued’ Orsay」はいい。

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 「La vued’ Orsay」は、仏・オルセー美術館で見た光景を縦225センチ、横180センチのキャンバスに描いたもので、時計台の光があふれて逆光になっているが、白と黒の色彩のコントラストがあって人物表現もとてもいい。

 沼田修氏の「想」は木の枝と葉を描いているが、何かぼかした写真のような感覚にとらわれる。

 正面から見るだけでなく、少し斜めから見た方が良く見える絵もある。
 大体において、絵は近くから見た時と遠くから見た時で印象が大きく変わる。
 立ち止まって見るよりは,少し歩き回って二度見た方が良く見えることもある。
 
 この絵は「青い葉の茂る木の梢」が描かれているが、動いてこの絵を見ると,梢の重なり具合が微妙に変化して手前の梢と奥の梢が複雑に絡まりあう。
 不思議な絵だ!!


 前原満夫氏の「坂道のむこう」もリアリティがある。

 西田俊英氏の「惜別・桜」は、モノトーンの中で表現された馬と女性騎手。
 桜吹雪の感じがとてもいい。


  何度も何度も見つめてしまった。 釘付けになった・・・・

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 小野田尚之氏の「午後の駅」は田舎の駅と田植え後の水田風景。 
 何処かで見た懐かしさを感じる。

 崎山誓子氏の「万里の長城」は女性の顔がいい。

 清水操氏の「永遠の一日」は 悠久の時間を感じさせる。

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 油谷嘉之氏の「京・鴨川・床」も面白い。

 國司華子氏の「孵化その呼応」は、何とも不思議な絵である・・・

 このように、一方で日本画の固有の技法を保ちつつ、新たな日本画の挑戦しているものも見受けられ、考えさせられる院展であった。


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ロバート・ハインデル
ロバート・ハインデル ロバート・ハインデルについて ...続きを見る

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2006/11/23 08:58
スペイン世界遺産 観光旅行 (10.時差ぼけと、土産のこと・・)
スペイン世界遺産 観光旅行 (10.時差ぼけと、土産のこと・・) 時差ぼけと、お土産のこと ...続きを見る

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2006/11/15 10:19
スペイン世界遺産 観光旅行 《8.マドリッド市内散策》
スペイン世界遺産 観光旅行 《8.マドリッド市内散策》 スペイン世界遺産 観光旅行 (マドリッド市内散策)  ...続きを見る

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2006/11/12 16:15
スペイン世界遺産 観光旅行 《7.セゴビア》
スペイン世界遺産 観光旅行 《7.セゴビア》 〈第八回〉《 H18.10.26-11.05》  スペイン世界遺産 観光旅行 (セゴビア) ...続きを見る

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2006/11/10 11:32
スペイン世界遺産 観光旅行 《6.トレド》
スペイン世界遺産 観光旅行 《6.トレド》 〈第八回〉《 H18.10.26-11.05》  スペイン世界遺産 観光旅行 (トレド) ...続きを見る

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2006/11/09 19:54
スペイン世界遺産 観光旅行 《5.プラド美術館から トレドへ》
スペイン世界遺産 観光旅行 《5.プラド美術館から トレドへ》 〈第八回〉《 H18.10.26-11.05》  スペイン世界遺産 観光旅行 (プラドから トレドへ) 10/31 マドリッド市内観光 07:30 起床。ツアーのスペイン観光も今日が最後となる。 09:00バスに乗車。 出発。美術館まで15分くらいだったが、マドリッドの街並を車窓から眺めて過ごした。 マドリッド:  かつてスペインの首都はトレドだったが、フェリペ2世が遷都してマドリッドを1561年に首都とした。 地質的にも地震が少ないとか、欧州の首都では最も標高が高い(646m... ...続きを見る

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2006/11/08 20:41
スペイン世界遺産 観光旅行 《4.コルドバへ》
スペイン世界遺産 観光旅行 《4.コルドバへ》 10/30  コルドバへ ...続きを見る

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2006/11/07 23:32
 スペイン世界遺産 観光旅行 《3.セビリアへ》
 スペイン世界遺産 観光旅行 《3.セビリアへ》 〈第八回〉《 H18.10.26-11.05》  スペイン世界遺産 観光旅行 (セビリアへ) ...続きを見る

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2006/11/06 21:50
スペイン世界遺産 観光旅行 《2.グラナダへ》
スペイン世界遺産 観光旅行 《2.グラナダへ》 〈第八回〉《 H18.10.26-11.05》  ...続きを見る

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2006/11/06 12:20
スペイン世界遺産 観光旅行 《1.バルセロナへ》
スペイン世界遺産 観光旅行 《1.バルセロナへ》 スペイン世界遺産 観光旅行   10/26 いよいよ、スペイン旅行本番である。 いつもより早めに起きて準備する。 7:30にタクシーの迎えが来た。 事前に頼んでおいたものである。 ANAのサービスで2人で¥6,000のはず。1時間ちょっとで空港到着。 少し余裕をとりすぎたせいか早すぎた。タクシーを下りるときに料金を払おうとしたら、サービス・チケットだけで良いと言う。 儲かった?? カウンターで手続きをしていると、先ほどのタクシー運転手が走ってきた。 探し回ったらしく息が上がっている。 やはり... ...続きを見る

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2006/11/05 19:43
Leonard Weber その2
Leonard Weber その2 前回の補足です。 ...続きを見る

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2006/10/21 19:25
安野光雅 と Leonard Weber
安野光雅 と Leonard  Weber 安野光雅 と Leonard Weber と・・  東京というところは思いがけないことがあるものだ。 今日は Leonard Weber 本人に会うことが出来た。 それも偶然に!!  丸ビルで昼食をして東京駅に向かう途中、路上で老人が水彩画を描いていた。 背の小さな人で帽子を被っていた。 少し興味を引かれて覗き込む。 なかなか上手い。 話しかける何と外人!! 色々と話すうちに、名前を Leonard Weber と言う プロの絵描きらしい事がわかった。 大丸で作品を販売してるという!!  ... ...続きを見る

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2006/10/18 20:44
【 曼珠沙華 私日記(5) H18.10.2-9 】 HI-END SHOW と同期会
【 曼珠沙華 私日記(5) H18.10.2-9 】 HI-END SHOW と同期会 〈第5回〉 ピュア・オーディオ 10/3 スペインに住んでいる長女へ 荷物を送る。 毎月一回、小学1年と幼稚園の孫の月刊誌と併せて 多少の食料や衣類などを 定期的に送っているのである。 小荷物でも 運賃 約2万円であり、 中身よりも 運賃の方が 高いこともある。 しかし、運賃の問題ではない。 結局、ジイジイやバアバアの愛情である。    夜に、長女とSKYPEで話をする。 少し前から、話題になっていた帰国の話しが決まったらしい。年末には帰国することになるようだ。 その前にスペインに旅行をする... ...続きを見る

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2006/10/10 14:20
【 画廊(6) メキシコの土産 】
【 画廊(6) メキシコの土産 】 ◎ARTESANIAS PREHISPANICAS-MEXICO  昔、アメリカに出張した時に、フェニックスで買ったメキシコのお土産物。  古い時代のメキシコ文化の記憶ですね。 ...続きを見る

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2006/10/05 19:32
【曼珠沙華 私日記(4) 青春の詩と梅沢富美男と・・ 】
【曼珠沙華 私日記(4) 青春の詩と梅沢富美男と・・ 】 〈第四回〉 丹波・市川、梅沢にハマクラ・・・・ ...続きを見る

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2006/10/02 13:06
【 画廊(5) ゴッホ 】
【 画廊(5) ゴッホ 】 ☆ Vincent Van Gogh: Le café, le soir <夜のカフェ> (複製)   余りにも有名なゴッホの夜のカフェ。 どこかのTVのコマーシャルにも使われていましたね。  ヨーロッパのカフェの感じが良く出ていますね。  ...続きを見る

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2006/09/28 06:54
【 画廊(4) 天才とは 】
【 画廊(4) 天才とは 】 <ピカソ?> ...続きを見る

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2006/09/27 12:08
【 画廊(3) 神戸 文子 】
【 画廊(3) 神戸 文子 】 <神戸 文子> ...続きを見る

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2006/09/25 22:02
【画廊(2) 水野 明信 】
【画廊(2) 水野 明信 】 【 画廊(2) 】<水野 明信> ...続きを見る

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2006/09/25 15:28
【 画廊 (江頭 保浩) 】
【 画廊 (江頭 保浩) 】 【 画廊(1) 】<江頭 保浩> 芸術の秋である。 私の周りにあるものを紹介していきます。 ...続きを見る

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2006/09/25 14:29
☆ 奇才 : 伊藤 若冲
☆ 奇才 : 伊藤 若冲 米国人の目が発掘した奇才  「 伊藤若冲 」 ...続きを見る

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2006/09/06 10:49

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